内部留保が増えてきたとき、「法人のままにすべきか、役員報酬で出すべきか」と迷う経営者は少なくありません。 この記事では法人での資産運用のメリット・デメリットと、個人の非課税枠との役割分担を整理します。「どちらが絶対に得か」という問いに一般論で答えることは難しいからこそ、判断の軸をしっかり押さえておきましょう。
法人に余剰資金が積み上がったとき、経営者が直面する3つの問い

事業が軌道に乗ると、銀行口座に余剰資金が積み上がってきます。 「このまま現金で持ち続けてよいのか」「法人で運用すべきか」「個人に出すべきか」という3つの問いが同時に立ちはだかるのが、多くの経営者の実情です。
余剰資金・インフレ・本業との関係を整理する前に、まず「3つの問いのどこから考えるか」を決めることが、判断を迷走させないコツといえます。
また、事業の財務土台を固める観点では「債務償還年数とは?計算式・目安・改善方法をわかりやすく解説」も合わせてご参照ください。
インフレ時代に「現金で持ち続ける」リスク
現金で持ち続けることは「何もしていない」ではなく、インフレによって実質的に目減りし続けるというリスクを取り続けることを意味します。 物価上昇が続く局面では、10年前と同じ額の預金でも購入できるものが減ります。
安定を求めて現金を抱える判断そのものが、長期的にはじわじわと資産価値を削っていく要因です。
本業と切り離して考えるべき「余剰資金」の定義
口座に残っている資金すべてが「余剰」とは言い切れません。 運転資金(毎月の支払いに充てる資金)と設備投資の予備費を確保した残りが、本来の余剰資金です。
余剰の範囲を正確に把握しないまま運用に踏み出すと、本業の資金繰りが急に苦しくなったとき、流動性の低い資産を損切りする羽目になりかねません。
法人資産運用を「やる・やらない」の前に整理すること
運用するかどうかを判断する前に、目的・リスク許容度・運用期間の3点を明確にすることが先決です。 「なんとなく銀行に眠っているのがもったいない」という動機だけで始めると、本業へのリスクが見えにくくなります。
目的が定まれば、どの運用先が合うか、個人と法人のどちらで行うかという判断も自然と絞り込まれていくはずです。
法人で資産運用するメリット:損益通算・欠損金繰越・受取配当の益金不算入

法人で資産運用することには、個人にはない税務上のメリットがあります。 損益通算・欠損金繰越・受取配当の益金不算入(いわゆる二重課税排除)の3点が代表的な論点です。ただし制度の詳細や適用条件は令和7年4月1日現在の税法に基づくため、最新情報は国税庁の公式サイトでご確認ください。
損益通算:運用損失を本業の利益と相殺できる
法人の場合、有価証券の運用で生じた損益は原則として本業の所得と合算して法人税が課されます。 このため、運用で損失が出た年は、その損失を本業の利益と相殺(損益通算)し、課税対象となる所得を圧縮できます。
個人が特定口座(申告分離課税)で有価証券を運用する場合は、損益通算の範囲が申告分離課税の中に限定される点と対照的です。
青色欠損金は最大10年繰り越せる(中小法人は100%控除)
令和7年4月1日現在、青色申告法人が事業年度に出した欠損金(赤字)は、翌期以降10年間にわたり繰越控除できます(国税庁 No.5762)。 中小法人等は繰越欠損金を所得金額の100%まで控除できるため、運用損が出た年の赤字を長く活用しやすい点が強みです。
なお、平成30年4月1日前開始の事業年度の欠損金は繰越期間が9年です。自社が中小法人等に当たるかは、税理士や国税庁の案内で確認しておきましょう。
出典:No.5762 青色申告書を提出した事業年度の欠損金の繰越控除(国税庁タックスアンサー)
受取配当の益金不算入:二重課税を防ぐ制度
法人が他の内国法人から受け取る配当には、益金不算入(配当の一部または全部を課税所得に含めない制度)が適用されます。 令和7年4月1日現在の法人税法第23条では、株式の区分に応じて「完全子法人株式等は全額」「その他の株式等は50%」「非支配目的株式等は20%」が益金不算入とされています。
同一の利益に法人税が二重課税されるのを防ぐ制度です。関連法人株式等は負債利子相当額を控除した額が不算入です。
法人資産運用の3つの落とし穴:NISA対象外・含み益課税・資金の法人拘束

メリットがある一方で、法人固有のデメリットも明確に存在します。 特に「個人なら使えるNISAが使えない」「売買目的で持つと含み益でも課税される」「増えたお金を自由に使えない」という3点は、運用を始める前に必ず押さえておきましょう。
NISAも特定口座も法人名義では使えない
新NISA(2024年1月開始)は個人専用の非課税制度です。 金融庁の案内によると、つみたて投資枠が年間120万円・成長投資枠が年間240万円で合計360万円、生涯の非課税保有限度額は1,800万円ですが、これはあくまで個人が利用できる制度です。
法人名義では新NISAはもちろん特定口座(申告分離課税)も使えません。法人で運用する場合は、これらの非課税枠が存在しないことを前提に検討する必要があります。
売買目的有価証券は期末に「含み益でも課税される」
法人が保有する「売買目的有価証券」は、法人税法第61条の3の規定により、事業年度末に時価で評価し、その評価益・評価損を当期の益金・損金に算入しなければなりません。 つまり、実際に売却していなくても、含み益があるだけで課税対象です。
「保有しているだけなのに課税される」のは直感に反しますが、これは売買目的での取得かどうかという分類によって生じます。取得時点の分類区分は見落とせません。
出典:法人税法 第61条の3(売買目的有価証券の評価益又は評価損の益金又は損金算入等)
法人で運用したお金は経営者が自由に使えない
法人の口座で資産が増えても、そのお金を経営者個人の生活費や私的な支出にそのまま回せない仕組みです。 役員報酬・配当・退職金などの出口を通じて初めて個人に移せますが、それぞれの出口で所得税・住民税・社会保険料などの負担が生じます。
法人に資産を置き続けることは「経営者個人として自由に使えない資産が増え続ける」ことでもあります。この拘束を念頭に、出口戦略まで含めた設計を組んでおきましょう。
役員報酬で個人に移すか、法人に残して運用するかの判断フレーム

「法人に残すか個人に出すか」という問いに対して、一般論で「どちらが得か」を答えることは難しい問題です。 銀行融資の審査や自己資本比率への影響を把握した上で判断するために、「銀行融資のメリット・デメリットとは?種類・審査の流れ・他の資金調達との比較まで解説」と「自己資本比率の目安とは?業種別の適正値と改善方法をわかりやすく解説」も参照すると、判断がより整理されます。
そもそも「個人に移す」とどんな課税が起きるか
役員報酬で法人の利益を個人に移すと、その報酬は給与所得として所得税(累進課税)の対象です。 令和7年4月1日現在の国税庁タックスアンサー(No.2260)によると、所得税は課税所得に応じて5%〜45%の7段階の超過累進税率が適用されます。
さらに住民税・社会保険料も発生し、法人税率との単純比較では損益を判断できません。損益分岐の具体的なラインは状況で大きく変わるため、税理士との事前確認が前提です。
出典:No.2260 所得税の税率(国税庁タックスアンサー)
法人に残す場合:融資審査と財務比率への影響
有価証券を多く保有すると、銀行の融資審査で財務内容を詳しく確認される場面が増えます。 流動比率(短期の支払い能力を示す指標)や自己資本比率(総資産に占める自己資本の割合)との関係を事前に把握しておくと、融資審査の場面で説明がスムーズです。
「資産が増えているのに融資が通りにくくなった」という事態を防ぐには、運用資産の増加が財務比率にどう映るかを定期的にチェックする習慣が欠かせません。
判断の4つの軸:融資依存度・報酬水準・NISA余地・事業フェーズ
「法人に残すか個人に出すか」を整理する軸は、次の4つです。 ①融資依存度が高いなら、法人に資産を厚めに積む利点があります。②役員報酬がすでに高水準なら、累進課税が重くなるぶん法人残留が有利なケースも。 ③NISA・iDeCoの非課税枠に余地があれば、個人側を先に使う考え方もあります。④成長フェーズなら、手元流動性を優先する方がよい場合も。
どの軸が効くかは、実際の数値を見て専門家と検討するのが前提です。
法人と個人の資産バランスの考え方:個人側の非課税枠を最大限に使う

法人で運用するかどうかを考える前に、個人側に使えていない非課税・控除の制度がないかを確認することが先決です。 役員借入金と個人の資産バランスの関係については「役員借入金とは?わかりやすく解説|メリット・デメリット・解消方法と税務リスク」でも整理しています。
個人NISA(新NISA):年360万円・生涯1,800万円の非課税枠
2024年1月に始まった新NISAは、個人が利用できる非課税投資の制度です。 金融庁の案内によると、つみたて投資枠が年間120万円・成長投資枠が年間240万円で合計360万円まで年間投資でき、生涯の非課税保有限度額は1,800万円(うち成長投資枠は1,200万円)です(令和7年4月1日現在)。
法人にこの非課税枠はありません。個人として運用するなら、まずNISA枠を活用する方が課税面で有利です。
iDeCo・小規模企業共済:掛金が全額所得控除になる個人の節税制度
iDeCo(個人型確定拠出年金)と小規模企業共済の掛金は、「小規模企業共済等掛金控除」として、支払った全額が所得控除の対象です(令和7年4月1日現在・国税庁 No.1135)。 掛金を支払った分だけその年の課税所得が圧縮され、個人側の節税として大きな意味を持ちます。
掛金上限は加入区分(自営業者・会社員など)で異なるため、詳細はiDeCo公式サイトや国民年金基金連合会の案内でご確認ください。
出典:No.1135 小規模企業共済等掛金控除(国税庁タックスアンサー)
経営セーフティ共済:法人の節税と取引先倒産リスクへの備えを兼ねる
経営セーフティ共済(中小企業倒産防止共済制度)は、取引先倒産時に無担保・無保証で最高8,000万円まで借入れできる制度です(中小機構運営)。 掛金は月額5,000円〜20万円(5,000円単位)で累計800万円まで積み立てられ、支払い分は損金算入できます。
令和6年10月1日以降に解約・再加入すると、解約日から2年間の掛金は損金算入できません(中小機構 公式案内)。この抜け道は改正で封じられました。
出典:経営セーフティ共済の掛金|経営セーフティ共済(中小企業基盤整備機構)
法人の余剰資金で検討できる運用先と実務上の注意点

余剰資金の運用先を検討する際は、流動性・リスク水準・税務上の分類の3軸で整理するのが実務上のポイントです。 流動比率の管理と合わせて検討したい方は「流動比率の目安とは?業種別の適正値と計算方法をわかりやすく解説」もご参照ください。
国内債券・MMF:元本リスクを抑えた安定運用の選択肢
国内債券やMMF(マネー・マーケット・ファンド)は、比較的元本リスクが低く、流動性も確保しやすい運用先です。 急な資金需要に対応しやすいため、本業の資金繰りへの影響を最小限に抑えたい段階での安定的な運用に向いています。
ただし、法人での運用でNISAが使えないのは、どの商品でも共通です。利回りと税負担を含めた実質的なリターンで考える視点が欠かせません。
投資信託・株式:運用益を狙う場合の注意点
投資信託や株式は分散投資がしやすい一方、「売買目的有価証券」に分類されると期末に時価評価課税(含み益への課税)が発生します。 取得時の分類と期末評価の扱いは税務処理に直結するため、証券会社・税理士との事前確認が前提です。
また、株式・投資信託への集中投資はポートフォリオ(資産の組み合わせ)全体のリスクを高めます。本業の不振時に運用資産も同時に値下がりする展開は、あらかじめ想定しておきましょう。
定款への事業目的追記と証券口座開設の実務手順
法人が有価証券に投資する場合、定款(会社の根本的なルールを定めた文書)に「有価証券投資に関する事業」などの目的を追記すべき場面があります。 証券会社によっては定款の目的欄に投資関連の記載がないと口座開設を断られるケースがあるため、早い段階で確認しておくと手続きがスムーズです。
定款変更は株主総会の特別決議が必要で、登記費用も発生します。口座開設と定款変更は専門家に依頼して進める方が確実です。
法人の資産運用でよくある失敗パターンと回避策

法人の資産運用で陥りやすい失敗には一定のパターンがあります。 ROEやROAを通じた財務分析の視点を取り入れたい方は「ROEとROAの違いとは?計算式・目安・改善方法をわかりやすく解説」もご覧ください。
「節税になると聞いて」複雑な仕組みに飛びつく
保険・不動産などを「損金計上できる」という理由だけで取得するのは、出口課税を考慮していない典型的な失敗パターンです。 損金に算入できるということは、将来の解約・売却時に収益として益金に算入される仕組みであることが多く、「節税」ではなく「課税の先送り」にすぎないケースがあります。
具体的な損金算入の可否や割合は商品・条件によって細かく異なるため、購入前に税理士へ確認することが前提となります。
資金繰りの読みが甘く、急きょ損切りを迫られる
本業の売上が一時的に落ち込んだとき、値下がり中の有価証券を損切りしなければならない状況は、法人資産運用で最も避けたい事態の一つです。 「余剰資金を運用する」といっても、流動性の低い資産に集中しすぎると、いざというときに資金繰りが詰まりかねません。
運転資金の3〜6か月分は現金・流動性の高い資産で手元に確保した上で、残りを中長期の運用に回すという分け方が、実務上の出発点として考えやすい目安です。
「一人でやろう」としてモニタリングが続かない
資産運用は始めることよりも、継続的にモニタリング(経過を確認し、必要に応じて見直す)する体制を作ることの方が難しい面があります。 税制改正や市場環境の変化に合わせて見直しが必要なため、税理士や財務コンサルタントなどの専門家を定期的に関与させることが、長続きするための現実的な方法です。
「一人でやろう」とした結果、気づけばリスクに偏ったポートフォリオになっていたというケースも少なくありません。
Encoachの財務・税務コンサルティングについて
Encoach株式会社は財務・会計・税務コンサルティングを軸に、中小企業経営者の財務戦略立案をサポートしています。 法人の資産運用をどう組み込むかは、役員報酬の設計・融資戦略・税務処理と一体で考えるべきテーマです。最善の判断は業種・規模・経営フェーズによって変わります。
「法人と個人のどちらに資金を置くか」「個人のNISA・iDeCoとどう組み合わせるか」といった個別の状況に合わせた設計は、専門家との対話の中でこそ整理できます。財務・会計・税務でお困りの際は、LINEからお気軽にご相談ください。
法人の資産運用についてよくある質問
Q1. 法人で資産運用できる方法にはどんなものがありますか?
A. 法人の余剰資金で検討できる主な運用先としては、国内債券・MMF(元本リスクを抑えた安定型)、投資信託・外国債券(中間型)、株式・不動産(長期型)などがあります。ただし法人名義ではNISAや特定口座は利用できず、売買目的有価証券は期末に含み益でも課税される点を見落とさないようにしてください。
Q2. 法人で投資信託を持つと、期末に含み益でも課税されるのですか?
A. 「売買目的有価証券」に分類された投資信託は、法人税法第61条の3に基づき、事業年度末に時価で評価し、評価益を益金・評価損を損金に算入します。未実現の含み益でも課税対象です。どの区分に分類されるかは取得時点の目的によって決まるため、取得前に税理士への確認が欠かせません。
Q3. 法人資産運用で得た利益にかかる税金はどうなりますか?
A. 法人が有価証券の運用で得た利益(譲渡益・配当等)は、原則として法人の各事業年度の所得に含まれ、法人税の課税対象です。法人税率(令和7年4月1日現在)は資本金規模・所得水準によって異なり、具体的な税負担は条件次第で変わります。詳細は国税庁のタックスアンサーまたは税理士にご確認ください。
Q4. 余剰資金がいくら以上あれば法人での資産運用を検討すべきですか?
A. 金額の目安は一概には言えません。まず運転資金(毎月の支払いに充てる資金)と設備投資の予備費を確保した上で残る「本当の余剰資金」を把握することが出発点です。その余剰がどの程度の期間・リスクで運用できるかを整理した上で、専門家に相談するのが現実的な進め方です。
Q5. 法人で資産運用すると銀行融資の審査に影響しますか?
A. 有価証券の保有が増えると、流動比率や自己資本比率などの財務比率を銀行が確認する際に問われる場面があります。保有目的や財務全体のバランスを説明できるようにしておくことが大切で、運用を始める前に融資担当者やメインバンクとの対話を持っておくのが現実的な備えです。
まとめ:法人の資産運用は「余剰の確認」から始めよう
法人での資産運用は、損益通算・欠損金繰越・受取配当の益金不算入といった税務メリットがある一方で、NISA非適用・含み益課税・資金の法人拘束という固有のデメリットも伴います。 個人のNISA・iDeCoの非課税枠との役割分担を整理し、融資依存度・報酬水準・事業フェーズに応じて設計を組むこと。
まず「本当の余剰資金はいくらか」を正確に把握することが、すべての出発点になります。個別の状況に応じた法人資産運用の設計は、EncoachのLINEからお気軽にご相談ください。