「利益は出ているはずなのに、なぜか手元にお金が残らない」——そんな感覚を抱く中小企業経営者は少なくありません。収支分岐点という言葉は、損益分岐点と混同されがちですが、実は見ている場所が違う指標です。
本記事では公的機関で確認できた唯一の算式(新潟県よろず支援拠点)をもとに、借入金の返済まで賄える必要売上高の求め方を解説します。読み終える頃には、自社の返済計画に数字を当てはめて考えられるようになります。
収支分岐点とは何か|損益分岐点との違い

損益と収支という似た言葉が並ぶと、どちらも同じ意味に見えるものです。両者の関係をより深く知りたい方は「お金のブロックパズルで読み解く損益と収支の違い」も参考にしてください。ここではまず両者の要点を整理します。
損益分岐点は「利益」がゼロになる売上高
損益分岐点とは、利益がゼロ(売上高=総費用)となる売上規模のことです。費用を売上に比例する変動費と、売上に関わらず一定の固定費に分けることで算出できます。売上高で表したものを損益分岐点売上高と呼び、企業の収益力や安全性を評価する指標として使われています。
この売上高を上回れば黒字、下回れば赤字になるため、損益分岐点は経営の分かれ目そのものです。
収支分岐点は「資金」がゼロになる売上高
収支分岐点は、費用支払と売上収入がキャッシュベースで同じになる、つまり経常収支がゼロになる売上高を指します。損益分岐点と同様に財務計画づくりで欠かせないデータですが、見ている場所は利益ではなく現金です。この定義は新潟県よろず支援拠点が公表しており、売掛債権や棚卸資産、買掛債務の発生率に大きな変動がある場合は精度が落ちる点に注意しておきましょう。
出典:収支分岐点と資金計画について – 国が設置した無料の経営相談 新潟県よろず支援拠点(公式)
収支分岐点の計算式|唯一の公的な算式を紹介

収支分岐点の計算式にはさまざまなバージョンがネット上に出回っており、どれが正しいのか迷う経営者も少なくありません。ここでは公的機関の資料で確認できた、唯一の算式だけを紹介します。
収支分岐点はキャッシュベースの売上収入と費用支払で考える
収支分岐点の考え方は、年間売上高をもとに売上収入と費用支払をキャッシュベースで算出する点が特徴です。
借入金の返済額も法人税等も、この計算には登場しません。売掛債権や棚卸資産、買掛債務の発生率によって金額を調整する点も見逃せません。
収支分岐点の計算式(運転資金ベース)
新潟県よろず支援拠点が示す収支分岐点の計算式は、次のとおりです。収支分岐点={(固定費-減価償却費等)-(期首売掛債権+期首棚卸資産-期首買掛債務)}÷{(1-変動費率)-(売掛債権発生率+棚卸資産発生率-買掛債務発生率)}。固定費からは減価償却費等を差し引く一方、借入金返済や法人税等はこの式に含まれません。
出典:収支分岐点と資金計画について – 国が設置した無料の経営相談 新潟県よろず支援拠点(公式)
なぜ黒字でもお金が残らないのか|減価償却費と借入金返済の非対称性

収支分岐点の式を理解すると、次に気になるのが「黒字なのに現金が足りない」という感覚の正体です。より詳しい仕組みは「キャッシュフローと減価償却費の関係を徹底解説|資金繰り改善のノウハウ」でも解説しています。ここではその核心にある2つの非対称性がテーマです。
減価償却費は費用でも資金の流出ではない
減価償却費は費用であっても資金の流出ではなく、資金が企業内部に留保されキャッシュフローの増加をもたらします。
これを「減価償却の自己金融作用」と呼びます。減価償却資産の取得費用は取得時に一括計上されるのではなく、使用可能期間にわたって配分される仕組みのためです(令和7年4月1日現在の法令等に基づく)。
借入金の元本返済は経費にならない
借入金の返済額のうち元本に相当する部分の金額は必要経費になりません(利子部分は経費になります)。これは令和7年分の確定申告書等作成コーナーで国税庁が示している内容で、現金は出ていくのに経費にはならない点が特徴です。中小企業庁は、返済原資を「税引後当期純利益+年間減価償却金額」で計算する考え方を示しています。
出典:返済原資の計算(中小企業BCP策定運用指針 5. 財務診断モデル(中級) /中小企業庁)
借入金の返済まで賄える売上高を求める3ステップ

収支分岐点の1つの式だけでは、借入金の返済まで賄える売上高は分かりません。ここで紹介するのは、公的機関が示す3つの算式を組み合わせて必要売上高を導く3つのステップです(最終ステップで登場する「留保利益」とは、税引後利益のうち社内に蓄積された利益部分のことです)。
ステップ1:返済原資を計算する
返済原資は「税引後当期純利益+年間減価償却金額」で計算します。中小企業庁の財務診断モデルでは、この返済原資合計から既往借入金の年間約定返済額を差し引いた金額が、新規借入金にあてられる返済原資となる仕組みです。
出典:返済原資の計算(中小企業BCP策定運用指針 5. 財務診断モデル(中級) /中小企業庁)
ステップ2:確保すべき利益を求めて必要売上高の式に入れる
J-Net21の必要売上高の算式は「(固定費+目標利益)÷(1-変動費率)」です。返済原資(税引後当期純利益+減価償却費)が年間返済額以上になればよいため、確保すべき税引後当期純利益は「年間返済額-年間減価償却費」で求まります。この金額を目標利益として代入すれば必要売上高を計算できます。ここでは法人税等を考慮しない前提とし、実際の必要売上高は税負担の分だけ大きくなる点に注意しましょう。
出典:[損益分岐点を使った目標売上高 | 起業支援 | J-Net21[中小企業ビジネス支援サイト]](https://j-net21.smrj.go.jp/startup/manual/list5/5-2-9.html)
ステップ3:返済額は自己金融額の範囲に収める
自己金融額は「留保利益+減価償却費」で計算され、事業活動で企業内部から生み出された資金を意味します。
J-Net21は、借入金については各年の自己金融額の範囲内での返済額となるように、余裕のある長期資金で借り入れるべきだとしています。返済計画を立てる際の最終チェックとしての位置づけです。
モデルケースで計算してみる|収支分岐点と必要売上高の違いを実数で見る

ここまでの公的算式を、仮想の中小企業の数字に当てはめて計算してみましょう。実際の数値でイメージをつかむことで、自社の返済計画にも応用しやすいはずです。
モデルケースの条件設定
仮に固定費を年960万円、変動費率を50%、年間借入金返済額を180万円、年間減価償却費を60万円とする中小企業を例に考えてみます。
減価償却費は固定費の一部なので、960万円のなかに60万円が含まれる前提です。これらはあくまで説明用に設定した仮想の数値であり、実在する企業の実績ではありません。
損益分岐点売上高と必要売上高を並べて計算する
損益分岐点売上高は、固定費960万円÷(1-変動費率50%)=1,920万円です。
一方、確保すべき税引後当期純利益は、年間返済額180万円-年間減価償却費60万円=120万円です。これを目標利益として代入すると、必要売上高は(960万円+120万円)÷0.5=2,160万円になります。両者の差額240万円が、借入金の返済まで賄うために上乗せすべき売上高です。
必要売上高を下げる4つの着眼点

収支分岐点や必要売上高を下げるには、日々の数字を見るだけでなく具体的な打ち手が欠かせません。
東京都よろず支援拠点が示す着眼点は、損益分岐点比率を引き下げる3つの視点です。ここではその考え方を必要売上高の式に当てはめたうえで、返済を伴う会社ならではの4つ目の視点まで整理します。
着眼点1:売上高を高める
東京都よろず支援拠点は、売上高を高める方法として、売価の引き上げ・販売数量の増加・新商品の開発などを挙げています。
必要売上高の式でも、実際の売上高が大きくなれば、返済まで賄う条件を満たしやすくなるという関係です。
着眼点2:固定費を下げる
固定費を下げる着眼点について、東京都よろず支援拠点は勘定科目ごとに固定費を引き下げられないか検証することを挙げています。
必要売上高の式は「(固定費+目標利益)÷(1-変動費率)」なので、固定費が小さくなれば分子が減り、必要売上高も下がる仕組みです。
着眼点3:限界利益率を高める
限界利益率を高める着眼点として、東京都よろず支援拠点は売価の引き上げ・変動費の引き下げ・販売ミックスの改善などを挙げています。
必要売上高の式では、変動費率が下がるほど分母(1-変動費率)が大きくなり、必要売上高は小さくなる仕組みです。
必要売上高に固有の4つ目のレバー:返済額の平準化
返済まで賄える必要売上高には、損益分岐点にはない4つ目のレバーがあります。それは、年間の返済額そのものを無理のない範囲に抑えることです。J-Net21は、借入金の返済額を各年の自己金融額(留保利益+減価償却費)の範囲内に収まるよう、長期の資金で借り入れる考え方を示しています。返済額を平準化できれば、必要売上高を過度に引き上げずに済む点がポイントです。
収支分岐点を経営判断に活かす視点

収支分岐点や必要売上高を計算したら、それを一時的な数字で終わらせず、経営判断に組み込む視点が欠かせません。
借入金とのバランスをより深く見たい方は「中小企業の借入金適正額を2段階で計算する方法」や「債務償還年数とは?計算式・目安・改善方法をわかりやすく解説」もあわせてご覧ください。
業種によっては売上拡大期でも資金がマイナスになることがある
限界利益率から運転資金発生率を引いた「限界収支率」がマイナスになる業種があります。
新潟県よろず支援拠点によると、卸売業のように限界利益率が低いうえに回収が遅く、在庫負担も大きい業種では、売上拡大期でも利益は出るのに資金はマイナスになるとされています。早めの運転資金の準備が欠かせないポイントです。
損益分岐点比率と安全余裕率で自社の耐性を確認する
損益分岐点比率(=損益分岐点売上高÷実際の売上高)は、比率が低いほど安全性が高いとされる指標です。
2022年度時点で大企業47.9%、中規模企業83.6%、小規模企業89.5%と、企業規模が小さいほど比率が高い傾向が続いています。安全余裕率(売上高の減少にどこまで耐えられるかを示す比率)とあわせて、資金繰り表で日々の現金収支も把握しておきましょう。
出典:2024年版「小規模企業白書」 第1節 小規模事業者の売上げの確保に向けた取組 | 中小企業庁 出典:ファイナンス 2020年10月号 No.659(コラム 経済トレンド76「コロナ禍における企業活動と今後の課題」図表3 損益分岐点比率)|財務省
出典:[損益分岐点の計算方法と経営改善に向けた活用方法を教えてください。 | 経営課題解決メニュー | J-Net21[中小企業ビジネス支援サイト]](https://j-net21.smrj.go.jp/qa/financial/Q0240.html)
出典:[資金繰り表って何ですか?また、どのようにして作成するのですか? | 経営課題解決メニュー | J-Net21[中小企業ビジネス支援サイト]](https://j-net21.smrj.go.jp/qa/financial/Q0225.html)
収支分岐点の把握から先はEncoachにご相談ください
収支分岐点や必要売上高の計算は、公的な算式を理解しても、自社の数字に落とし込む段階でつまずきやすいところです。Encoachでは、財務・会計・税務の専門家が、返済計画や資金繰りの見通しづくりを伴走してサポートしています。過去の決算や税務が中心になりがちな顧問税理士とは別の視点で、未来の数字を経営者と同じ目線から設計します。数字の意味が分かれば、経営判断のスピードも上がるはずです。
財務・会計・税務でお困りの際は、LINEからお気軽にご相談ください。
収支分岐点についてよくある質問
Q1. 収支分岐点売上高の計算式は?
公的機関で確認できる収支分岐点の算式は、新潟県よろず支援拠点が示す運転資金ベースのものだけです。売上収入と費用支払をキャッシュベースで比較し、固定費から減価償却費等を差し引いて計算します。借入金返済額や法人税等は、この式には登場しない点がポイントです。
Q2. 損益分岐点と収支分岐点はどう違うのですか?
損益分岐点は利益がゼロになる売上高、収支分岐点は現金収支がゼロになる売上高を指します。見ている場所が「利益(帳簿上の数字)」か「現金(実際の入出金)」かという点が、両者の根本的な違いです。
Q3. 収支分岐点の計算で減価償却費はどう扱えばいいですか?
減価償却費は費用であっても資金の流出を伴わない、いわゆる非資金支出費用です。新潟県よろず支援拠点が示す収支分岐点の式でも、固定費から減価償却費等を差し引いて計算する扱いになっています。現金の動きだけを見たいときに欠かせない調整です。
Q4. 借入金の返済額が増えると収支分岐点はどう変わりますか?
返済額が増えるほど、確保すべき税引後当期純利益(=年間返済額-年間減価償却費)は大きくなる計算です。この利益を目標利益として必要売上高の式に代入する以上、返済額の増加はそのまま必要売上高の増加につながります。収支分岐点そのものの式は変わらないままです。
Q5. 収支分岐点のほかに資金繰りの安全性を確認する方法はありますか?
日々の現金収支を可視化する資金繰り表の作成は、資金不足を早めに予測するうえで欠かせません。あわせて、売上高があとどれだけ減少しても損失が出ないかを示す安全余裕率も参考です。ただしこれだけで資金繰りの全てが安心というわけではありません。
まとめ:収支分岐点を押さえて無理のない返済計画を立てよう
収支分岐点は「利益」ではなく「現金」で経営を見るための視点です。公的機関で確認できた唯一の算式と、返済原資から必要売上高を導く3ステップを踏まえれば、借入金の返済まで賄える売上高を具体的な数字で考えられるようになります。まずはお気軽にご相談ください。